7月7日は、永六輔さんの命日。
山梨のふじ内科クリニック院長のホームページ、在宅ホスピス医
内藤いづみさんの本日(7/7)のブロに
最近、私は「上を向いて歩こう」をなぜか口ずさんでいる。
と、出ていました。
命日
2022/07/07 fujinaika
7月7日は我が師匠、永六輔さんが星になった日。
在宅ホスピス医 内藤いづみ
山梨のふじ内科クリニック院長のホームページ
https://www.naito-izumi.net/archives/13769.html
*****:
2016年 7月 12日のブログを再掲載します。
インドネシア人介護福祉士とリハビリ中の永六輔さんの「上を向いて歩こう」の
エピソードは何度聞いても嬉しくなります。
***********
2016年 7月 12日
昨日テレビで永六輔さんの訃報を知りました。ご冥福をお祈りします。
Sukiyaki - Karsono Bersaudara

昨夕の日本テレビ「news every」で、永六輔さんと鎌田實さんが対談した
放送を見ました。そこで紹介されたエピソードに思わず耳をそばだてました。
インドネシア人の介護福祉士が永六輔さんのリハビリに「上を向いて歩こう」を
歌いながら歩くことを提案。
このエピソードを検索したら、ふじ内科クリニックの内藤いづみ院長のブログの
「メディア出演情報」に出ていました。
永六輔さんの終わりなき旅
女性自身5月21日号より
永さんは、病院でリハビリを手伝ってくれたジャカルタ出身の青年の話も披露してくれた。
ある日彼が「『上を向いて歩こう』という歌を知っていますか? この曲を歌いながら
歩きませんか?」と提案してきたという。
「それで『そんな歌知らない』と言ったら、青年が『ウソでしょう?有名ですよ。では、
僕が歌います』と。ここで嫌な予感がしたんです……。
病院の廊下を若者が歌いながら歩き、その後ろを僕がトコトコ歩いてく。するとみんな
見ちゃいけないものを見たような顔に(笑)」
『上を向いて歩こう』は、永さんが28歳のときに作詞した、日本人なら誰でも知っている
名曲。担当医にそのイタズラを注意された永さんは、「翌日、『実はよく知ってる。
僕がつくった』と白状したんです。すると、彼が『ま~たぁ、うそついて』って(笑)」
会場のお客さんは年配の方が多かった。だからこそ永さんの潔い言葉が、きしむ体に、潤滑油のように流れ込んでいくよう。
永六輔さんの終わりなき旅
取材・文藤本美郷 撮影・南浦譲
http://www.naito-izumi.net/archives/1821.htmlそして思い出すのが、「上を向いて歩こう」のインドネシア語の歌。
Gadis Sukiyaki Sangat Menarik Hati で始まるのですが、検索でなかなか
見つからなかったのですが、Shig.sasaki から教えてもらいました。
Sukiyaki - Karsono Bersaudara
https://www.youtube.com/watch?v=TbRYR9Xi_qk昨日は2008年に書いたブログの記事、「永六輔さんの講演@ジャカルタ日本人学校 」の
アクセス数が多かったです。
じゃかるた新聞の記事(2008/5/29)によると
永さんがJJSを訪問するのは二〇〇二年以来六年ぶり、八回目。JJSの音楽教師、
享子・サキナ・ジャワスさんの呼び掛けで、ジャカルタを訪問したのがきっかけで、
世界中の日本人学校で講演活動を続けてきた。
関連記事
2008年 05月 29日
永六輔さんの講演@ジャカルタ日本人学校
http://gadogado.exblog.jp/7157791/