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2015年 08月 06日

(南方からの視線 戦後70年:3)インドネシア@朝日新聞(8/6)

今朝(8/6)の朝日新聞に出ていました。

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日本が石油を狙って侵攻したインドネシア。「親日国」になるまでの道のりは、
平坦(へいたん)ではなかった。

 <「労務者」の苦難> 蒸気機関車を載せた土台の側面にあるレリーフには、
線路を造る半裸の男たちを兵士が監視する様子が描かれている。


インドネシア・スマトラ島のプカンバルの労働英雄公園。太平洋戦争中に日本軍に
雇われた「労務者」の苦難を伝える施設だ。

 看板には「鉄道建設に10万人が携わり、日本軍が与えた苦痛に苦しんだ」とある。
地元リアウ大学のスワルディ教授(歴史学)によると、石炭や兵士を運ぶため、日本
軍が220キロの鉄道を2年余りで造らせた。線路は戦後、撤去された。



(南方からの視線 戦後70年:3)インドネシア
http://www.asahi.com/articles/DA3S11901004.html


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(南方からの視線 戦後70年:2)フィリピン
http://www.asahi.com/articles/DA3S11898964.html


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http://www.asahi.com/articles/DA3S11897038.html

by gado-gado | 2015-08-06 11:57 | インドネシア


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